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潜水艦ゲーム

第3回ショートショート大賞で
審査員特別賞(太田忠司賞)をいただきました
「潜水艦ゲーム」。

うれしかったので
原文を貼り付けました。
とんでもなくうれしかったので
勝手に表紙のイラストも描きました。

読んでいただけたらうれしいです。

潜水艦ゲーム_e0256951_15394624.jpg

潜水艦ゲーム


うっかり、山の裏側に行き着いてしまったらしい。両側を深いスギ林に囲まれた、細い車道。そこにぽつんとあるバス停で、時刻表を眺めていた時だった。

「バスならもうないよ」

 声をかけてきたのは、日に焼けた老人だった。

「明日の朝までな」

 もう一度、時刻表を確認してみる。たしかに、最終バスは行ってしまったらしい。

 はあとため息をついて、携帯電話の時計を見る。今はまだ、夕方の5時を過ぎたばかり。どこかに電話をかけようにも、ばっちり圏外になっている。

「歩いたら、麓までどれくらいですかね?」

「さあな。前に車で通った時は、一時間はかからなかったけど」

「近くに、宿とか喫茶店なんかは……」

「たぶんないよ」

ふっと笑うと、老人は木製のベンチにどっと腰をおろした。ナップザックを背中からおろしている。彼も登山者に違いない。

「まあ、座ったらどうだ」

 僕は、おとなしく隣へ座った。

 気まずい。このまま朝を待つのか? 見知らぬおじいさんと、二人きり。大自然の中にいるのに、密室に閉じ込められているような息苦しさだ。

 耐えかねて、リュックをガサガサさせる。

「コーヒーしかないですけど、よかったら」

 水筒を受け取ると、まだ湯気の立つ中身を、おじいさんはゆっくりと飲んだ。

「ど、どうですか?」

 余計なこととは思いつつ、つい感想を求めてしまう。

「その豆、僕が焙煎からやってるんです」

 相手はポカンと口を開けたまま、こちらを見ている。

「実は、会社を辞めて、来年からコーヒー屋をやろうと思いまして。でも、なかなか踏ん切りがつかなくて。高い山でも登れば、気持ちが固まるかなあと」

 おじいさんは、無言のままだった。キュッキュとふたを閉めると、水筒を僕へ戻した。

 僕は恥ずかしくなって、リュックへしまい直した。言わなきゃよかった。

「わしは、ずっと船乗りだった」

「え?」

 コーヒーと関係があるのか?

「十八の頃から乗っててな。海から、よくこの山を眺めていた。一度登ってみたかった」

 ああ、と思い当たる。山を登った理由を教えてくれているんだ。僕が先に話したから。

「仕事が終わってしまうと、閉ざされた海の上。することがない。みんな酒を飲むばかり。しかし、わしは酒が飲めない」

 少しさみしそうな横顔だった。

「だからな、わしは誰よりも退屈を紛らわせるのが得意だった。よく、自分でゲームを考えた。一つ、試してみないか?」

「ゲーム、ですか?」

「そうだ。潜水艦ゲームをしよう」

おじいさんはニヤリと歯を見せると、ベンチから立ち上がった。手ごろな木の棒を拾って、土の地面にガリガリ書き始めた。

「だいぶ暗くなってきたな。ちょっとこれで手元を照らしといてくれ」

 渡されたのは、小型のLEDランタンだった。スイッチを探す。パチッとかたい音をさせて、オレンジ色の灯りがついた。光に包まれて、少し気持ちがやわらいだ。

 おじいさんは、休まずに手を動かしている。

「ひらがな表、ですか?」

「そう。これが潜水艦ゲームでの“海”だ」

 文字を書き終えると、今度は周囲をきょろきょろしはじめた。

「どこかに、平たい石はないか?」

 一緒に探していると、ベンチの下に潰れたまんじゅうのような石が落ちていた。

「これなんてどうでしょう?」

「ああ、それがいい。その石が、潜水艦。そいつを進めて、海の中のお宝を探すんだ」

「お宝?」

 僕は地面を見た。土を掘って、何か埋めるのだろうか?

「お宝とは、“言葉”のことだ。今からわしが、ある言葉を決める。まずは、その言葉の頭文字がなんなのか、つきとめてくれ」

「はあ。え、どうやって?」

「まず、潜水艦を港からスタートさせる。文字通り、ひらがなの“み”“な”“と”の中から、好きなところに石を置くんだ」

 少し悩んで、足元の“と”を選んだ。

「わしの決めた言葉の頭文字に、“と”は、まだ遠い。そこから、潜水艦を東西南北に1マスずつ動かす。あと1マスというところまで近付いたら、チカイと答える。トーイ、チカイのヒントから、アタリを発見する」

 なるほど、潜水艦に見立てた石を動かして、言葉の頭文字というヒントを得るんだ。僕は、石を北へ一つ動かしてみた。“て”のところ。

「トーイ」

 次は、東に動かす。“せ”。

「トーイ」

「次は、“け”です」

「トーイ」

 東に一つ。“え”。

「チカイ」

「やった! それじゃあ、“お”」

「トーイ」

「あれ?」

 頭をかきながら、急いで石をつかむ。け→え→おと進んで、トーイ、チカイ、トーイ。ということは……。

「はい、“う”。これでどうでしょう?」

「アタリ!」

 大げさに拍手され、なんだかくすぐったい気持ちになった。ゲームなんて、人とやるのは何年ぶりだろう。

「次は、残りのお宝探し。つまり、頭文字に続く言葉を、表から一つ残らず探索していく」

 一つ残らず? なんだか嫌な予感がした。

「あ行からはじめて、一行ずつ残りのお宝があるか探索する。あればわしが丸をつけ、なければ文字を消していく。ただし、一時間に一行ずつだ」

「一時間ごと? それじゃあ、朝までに消し終わらないんじゃ……」

「そこは推理だ」

 おじいさんはきっぱりと言い放った。

「頭文字が分かってるんだ。あてずっぽうでも当たるさ」

 話し終えると、さっそくあ行の探索を開始した。

「この行に、お宝はない」

 順番に、“あ”“い”“え”“お”が消されていく。

「さあ、一時間この条件で考えるんだ」

 “う”から始まる言葉か。ひとまず、思いついたものから口にしてみる。

「うみ」

「ハズレ」

「うに」

「ハズレ」

「うき、うきわ、あと、うきしずみ」

「海の関連ばかりだな。全部ハズレ。ちょっと頭がかたいんじゃないか?」

 僕は少々ムッとした。答えを知っている側からしたら、そうかも

しれないけど。

「うんが、うろこ、うずら!」

「ブー」

 もう「ハズレ」とすら言ってくれない。

「うしろむき、うわのそら、うそっぱち……」

「はっはっは。あんた、感情が表へ出るタイプだな」

「くそう、すぐに答えを言い当ててやる!」

 その後も当たることなく、次の一時間はすぐにやってきた。

「さて、か行だ。お宝は、“か”だ」

「おお!」

 ガッツポーズをしてみたが、これがよかったのか、答え始めてみるとよく分からなくなっていく。

「うがいぐすり、とか」

「ブー。消したはずの“い”が入ってる」

「うかいろ? あ、これも“い”が……」

 なんだか、逆に答えづらくなったような。

「ほら、がんばれ潜水艦!」

「は、はい」

 そのあとも、“う”から始まる言葉を生産しては、はじかれた。なかなか答えに到達できない。

「ふう。ずっと喋って、喉が渇いたな」

「あ、コーヒーしかないですけど」

 あははと、二人の声が重なった。

「では、さ行へ入ろう。ここにはお宝はない」

 しかし、そのヒントも虚しく、一時間はまた無情に過ぎていった。

「うわあ、頭の中だけだと、こんがらがっていく」

「ちっとも答えが出ないな。ふわあ。わしは、そろそろ寝るぞ」

 おじいさんは体を器用に折り曲げると、ベンチの半分を使って横になった。

「え、ちょっと待ってください。そろそろ、た行の探索が」

「そうか。それじゃあ寝る前のヒント。“た”“つ”はお宝だ」

 数秒たつと、静かな寝息が聞こえてきた。

 僕は、しぶしぶランタンの灯りを消して、土の上に寝転んだ。

 手に入れたお宝は、今のところ4つ。“う”“か”“た”“つ”。ただ、これをどう並べ替えても、それらしい言葉にはならなかった。

 ざざあと、夜の風が吹き抜けていく。ふと、このスギの木に囲ま

れた空間が、まるで大きな船のような気がした。

 見上げると、丸く切り取られた夜空に星が散りばめられていた。船の上、二人の船乗り。

 宝物を探すという、一番の目的。この船に乗るまで、そんなことも忘れていた。ずいぶんと長い時間、闇雲に海を漂っていたんだ。

 家に帰ったら、本格的に準備を始めよう。店を出す準備。

 大きな船に揺られて、僕もゆったりと眠りについた。

 次の日。

 どうにも腰が痛くて目が覚めた。

 体を起こすと、おじいさんはもう起きていて、昨日の通りベンチに座っていた。

「結局、答えは見つかったか?」

「いえ、まだ。ちょっと、トイレに行ってきます」

 逃げるようにして登山道に入った。しばらく登っていくと、背の高い草が生い茂っている。そこで用をたして、ふと考えついた。

 ポケットに、携帯が入っている。そうだ、辞書機能があったはず。

 悪いかなとは思いつつ、“う”で検索をかける。だって、もう時間がないし。

 スクロールして、答えになりそうなものを探していく。「うかつ」「うたかた」「うったえ」。いや、全部当てはまらない。

 しばらく粘ってみたが、4文字を網羅している言葉すら見つけられなかった。一体なんなんだ?

 携帯を閉じて、そろそろ戻ろうと思った、その時。

 ブロロロロ

 遠くで聞こえたそれは、たしかにエンジン音だった。

「まさか」

 混乱する頭をかかえながら、坂道を急いでかけ下りていく。視界が開けた。

「あ、バス!」

 バス停まで戻った時には、もう道の向こうを曲がってしまうところだった。二十メートルほど追いかけてみたけれど、無理だった。

「どうして?」

 呆然としながら、来た道を引き返す。おじいさんの姿はない。黙って行ってしまったんだ。

 昨日あんなに一緒にいたのに。なんだか嘘みたいだ。「うそっぱち!」と、頭の中で言葉が弾けた。

時刻表をよくよく見てみると、休日の運行表は、案内板の裏側に張り付いていた。今日は、土曜日だった。

 さっきのは、たぶん5時半のバス。でも、それは僕の帰りたいところとは、別の行き先だった。僕の待つバスは、6時ちょうど。あと三十分。

 なんだか力が抜けてしまった。きっともう、会うことはないと思っていたけれど。お別れの挨拶くらいしたかった。ゲームの答えも、謎のままだ。

 ベンチに座り、ぼんやり足元を眺めた。“う”のところで止まったままの、平たい石。

「あれ?」

 石の下に、見覚えのある紙がはさまっていた。それは、千円札だった。

 まさか、これがお宝の代わりとか?

 しばらくお札を見つめてから、なにげなく視線を戻した。

「あ!」

 僕は、あることに気が付いた。ひらがな表に、丸がつけてある。“ま”のところ。

 これで、5文字だ。“う”“か”“た”“つ”“ま”。

「そうか。このお金、コーヒー代だったんだ」

 僕は、正しい答えにたどり着くのに苦労はしなかった。

「なんだ。言ってくれればよかったのに」

そして、小さく笑った。

もうすぐ、バスが来る。でも、家へ帰っても、この5文字はずっと忘れないだろう。

 いつの間にか空になっていた水筒を、僕は大事にリュックへしまった。




by igechan | 2018-06-29 16:46 | 物語


絵本をつくっています。宇宙人絵本「宇宙船オンボローナ」スタートしました☆


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